ビジネス・経済・政治

2014年11月16日 (日)

冨山和彦『なぜローカル経済から日本は甦るのか』 (PHP新書)

GとL、が最近流行っているが、その原点が本書。経済をG(グローバル)とL(ローカル)に2分し、特にローカルの特徴を明らかにしていく。

GDPと雇用の7割はローカル経済圏で生み出されるとし、劇的な人口減少の中でその持続のために何が必要かを説く。

地方はすでに人不足。儲からないけどつぶれない。ブラック化による生産性向上という現実。著者は、退出・集約化と生産性向上を妨げる規制改革の必要性を例をあげつつ分かりやすく指摘していく。

理屈では割り切れぬローカル経済の問題を考えるに、一つの座標となる一冊か。

2014年11月 9日 (日)

小野一起『マネー喰い 金融記者極秘ファイル』 (文春文庫)

日銀クラブの記者に飛び込む超弩級情報の怪メール。

真偽は。報ずるべきか否か。締切までのわずかな時間に繰り広げられる裏取り。交錯する思惑。

“リーク”をめぐる銀行、官庁、政治、マスコミの緊迫の情報戦を共同通信出身の著者が手に汗握る臨場感で描き出していく。
経済小説の新たな書き手の出現だ。


2014年10月13日 (月)

佐々木 一彰 , 岡部 智『カジノミクス: 2020年、日本が変わる! 日本を変える! 』(小学館新書) 【書評】

カジノを含む統合型リゾートをインバウンド拡大の起爆剤にしよう!という本。

統合型リゾートは、カジノやホテルの収益で、MICEと呼ばれる国際会議場や展示会場、劇場や美術館などの不採算施設の収支を償いながら全体として集客力を上げていくところが肝。

これが日本の次の成長のための大きなカギとなることは、シンガポールの二つのIRの成功事例からも間違いないのだろう。

非社会的勢力との関係やギャンブル依存症などの負の側面にもふれながら、IRについて30分でごく簡単に俯瞰するにはよい本。

2014年10月 6日 (月)

上阪徹『成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか?』(あさ出版)

某スーパーは、レジに人が二人ついて、袋詰めをしてくれる。たいして混んでもいないのに、無駄だなあ、と思う。

成城石井もレジに人が二人ついて、混雑時には三人ついて、袋詰めをするそうだ。袋を詰める人が何をしているのか、成城石井は明確に説明できる。だから、その人は単純な「コスト」ではない。

店づくり、商品づくりにあらわれる、明確な意思。ただ顧客の方だけを向く、価値観。親会社がレインズに買収されたときの、その価値観の危機。ドラマとしても、なかなか読ませる。

ローソンの傘下に入り、どんなシナジーが発揮されるのか楽しみだが、この本からは、相容れないように感じられてならない。







2014年7月 6日 (日)

大西康之『会社が消えた日 三洋電機10万人のそれから』(日経BP)

三洋電機消滅。ユニークで強みのある技術と商品をもった巨大企業は、金融3社(ゴールドマン、大和、住友)の手により、切り刻まれ売り払われる。著者は三洋を、マネジメントはダメだったが、技術と気概に溢れた会社と見ているのだろう。井植家の失敗とともに、“日本の電機産業の最強時代を課長、部長として支えた人たち”の売られた先での悲哀と執念を生き生きと描き出す。

日の出の勢いのハイアールに売却された白物家電。三洋マンたちは、ハイアールに高付加価値ブランド“AQUA”を立ち上げ、キョンキョンのCMで勝負する。中国人トップが彼らの熱意に負け、あり得ない広宣費にGOを出す。店頭で、ハイアール製品は「大丈夫、中身は三洋ですから」と説明されて売れていき、彼らは胸を熱くする。

三洋を完全子会社化したパナソニックはSANYOブランドを容赦なく一掃し、社歌・社訓を叩きこんだ。一方で、携帯電話事業を買った京セラは、工場の看板をそっと付け替え、「まずは京セラに慣れてください」という配慮を感じさせたという。しかし、指導員を送り込んで徹底的に京セラ流マネジメントを叩きこみ、三洋社員は「こうやって黒字にするのか」と驚く。

ベビー服チェーンの西松屋に移った技術者は、1,999円のPBベビーカーの開発を任される。独自機能を「付加」する電機型開発から、お客様に必要な機能だけに「削ぎ落とす」開発への思考転換。彼は語る。“西松屋では自分がつくった商品がすぐ店頭に並ぶ。だから失敗するとすぐわかる。なんぼ偉そう理屈をこねても、結果がすぐ出ますからね。とにかくお客と近いんですよ。”

開発者が顧客と遠くなり、企業として滅んでいく。日本企業が堕ちていく陥穽がここにある。電機メーカー技術者を積極採用するアイリスオーヤマ社長の“電機大手から来た人たちの話を聞くと、赤字を出しても、他社が同じ事業で赤字なら怒られないそうです。『市場環境が厳しかった』で済むから。ところがシェアを落とすと怒られる。『どうしてあそこに負けたんだ』と”という言葉には、ぞっとさせられる。

西松屋は、電機技術者は62人も採用しているが、平均年齢は57歳だそうだ。リストラされれば、常識では職がない人々。彼らが「もう一花」とヒット商品を生み出していく様には、胸が熱くなる。

日本の競争力強化のためには、今後も企業再編や事業売却が繰り返されていくのであろう。しかし、企業は人であり、M&Aの裏には無数の人生が張り付いている。西松屋の人事担当専務は言う。“社長、シャープはまだ早いです。数年前まで勝ち組だったシャープの社員はまだ茫然としているでしょう。新天地で『やってやろう』と思えるようになるには、もう少し時間がいります”
その光と影を、三洋の例を基に生々しく描いた本書は、間違いなく上半期必読の一冊だ。


2014年6月16日 (月)

田坂広志『知性を磨く「スーパージェネラリスト」の時代』(光文社新書)

著者は、“「知性」とは、「答えの無い問い」に対して、その問いを、問い続ける能力。”と説く。非常に哲学的だが、身近な事例としての「部下の異動」がとても印象に残った。

自分の部下を他部署から「欲しい」と言われた時、出すべきか。深く考えるならば、それはまさに「答えの無い問い」である。この時、知性に乏しいビジネスマンは、答えのないことへの対処として「楽になりたい」と思い、問題を単純化して「割り切り」をする。ここでは「相手が欲しいと言っているのだから…」といって思考を停止し、割り切る。

これに対し、知性を磨き続ける上司は、彼の飛躍のためと「腹決め」し、その後、その部下のことを考え続ける。河合隼雄の“愛情とは、関係を断たぬことである”という言葉を引き、「心の中で関係を断たぬ」という形で、かつての部下のその後を気にかけ、愛情を抱き続ける。それはたいへんな「精神のエネルギー」が必要だが、それこそが、「知性」というものの根底にある力であり、「知性」を磨き続けるために求められる力だ、と説く。

確かに、ビジネスでも生活の中でも、価値観が多様になっているからこそ、「答えのない問い」は増えていくし、我々世代が直面し、解決を求められる。「考え抜く」「考え続ける」ことを止め、淡白になってしまっていないか。自省することしきりである。


2014年5月 3日 (土)

カレン・フェラン『申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。』 

経営戦略の策定やら業績管理やらリーダーシップ育成やら、コンサルの言っていることがいかに馬鹿馬鹿しく、カネを払う価値のないものかを自虐的に明かした本。著者は一貫して、企業は人なのだ、そこを忘れてどうする、と説く。
出てくる事例は、全くもって「会社あるある大事典」である。何となく気付いてはいるが言葉にできなかったことが出てくるたび、「そう、そうなんだよ!」と叫んでしまう。
“目標を決めて設定し、それについて報酬や罰則を設けると、必ずと言ってよいほどその目標は達成されることだ。しかし、残念ながらそのせいで、測定できない大事な目標が犠牲になってしまうことが多い。”
“(業績管理)システムの元になっている前提を見直してみよう。①これらのシステムは公正で客観的である。②上司の評価を受け点数がつけられることで、部下の業績は向上する。③従業員はお金でやる気を出す。④従業員は制度を悪用しない。このようなシステムが少しでも公正で客観的であるはずがない”
“大きなチャンスをつかむには、企業の自己発見にできるだけ多くの従業員を巻き込む必要がある。会社は従業員の集合体なのに、その人たちの感情や精神を置き去りにして、頭だけでどうやって自分が何者であるかを知ることができるだろうか?”
全くもってその通り。
しかし、だ。自分自身に、「で、どうするの?」と問いかけると夜も眠れない。罪深
い本である。良識ある皆さん、心して読まれたい。

2014年4月23日 (水)

近藤 紘一『サイゴンから来た妻と娘』 (小学館文庫)

本書は1978年の刊。サイゴン陥落の3年後、私がまだ小学生の頃だ。しかし、ベトナムという国の悲劇の歴史と、そこに住む人々の気質が生き生きと描写され、興味深かった。

特派員として赴いたベトナムから妻と連れ子を伴って帰国。妻は片言の日本語しか覚えようとせず、孵化した卵を食べることを所望し、ライギョをコーラ瓶で殴りつけてオーブンで焼く。趣味嗜好や習慣の違いをコミカルに描く一方で、ベトナム難民の取材で「寂しくないか」と問うた作者に、同行した妻は「なぜそんなバカなことを聞いたのか」と激しくなじる。ここに寂しくない人などいない、ベトナム人ならそんなことは絶対に聞かない、と。

植民地支配、南北の分断、激しい戦争。「ベトナムには決死隊はいるが特攻隊はいない。そんなことをしたら民族が滅ぶ。」長きにわたった苦難を狡猾に、たくましく生きてきた中で形成されたであろうベトナム人気質を、作者は戦争取材の経験も踏まえ、美しい日本語で綴っていく。

タイとベトナム、同じ東南アジアだろ、みたいな己の不明を深く恥じるばかりだ。

2014年3月15日 (土)

架神恭介『仁義なきキリスト教史』(筑摩書房)

「お前らに言うとくけどの、今一緒に飯食っとるお前らの中にの、わしのことチンコロするやつがおるけえのお。」

イエスの出現からルターの宗教改革まで、キリスト教の歴史をキリスト組の任侠道として全編広島弁で展開。最後の晩餐も冒頭の通り。ミラノ勅令もカノッサの屈辱も十字軍も、いや、もう、こんな風に書いちゃっていいの??なんて言うか、危ない本を読んでいるような後ろめたいハラハラ感で声も出ない…けど、一気読み。

長く読み継がれる迷著となること必至。各章に史実の解説付きで初心者にも安心です。

2014年3月11日 (火)

吉田典史『悶える職場』(光文社)

「部下をうつにする傾向が強いのは、むしろ20~30代の管理職」「共通するのは、自身が深夜まで仕事するハードワーカー」

「同じようなレベルの仕事を3回与えられたらいずれも高い水準の仕事で応える。これが”仕事の再現性が高い”ということ。再現性の高い仕事を大量にこなし、あらゆる仕事の引き出しやノウハウが無数にある。大量の失敗もしているから、部下がどこで行き詰っているか、手に取るようにわかる。」

「”なぜ、できないのか。”と部下に詰め寄るのはそのできない理由を本当にわかっていないから。プレイヤーとしての経験が未熟で仕事の再現性がない。」「厳しい詰問は部下を育てる、という根拠のない根性論」……思い当たることの多い指摘。

うつ、弱者、格差。当事者へのロングインタビューで構成された、現代の職場で「悶える人々のレポート」、考えさせられます。