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2014年7月

2014年7月27日 (日)

川上未映子『きみは赤ちゃん』(文藝春秋)

私の周囲は出産ラッシュである。チビが生まれたのはもう15年も前。出産のたいへんさ、もう忘れてしまったな、どんなだったか思い出せるかな、と手に取ったこの本。
愕然とした。たいへんさを忘れたのではなかった。全くわかっていなかったのだ。分かち合う努力すらしていなかったのだ。

著者は芥川賞作家の川上未映子氏。あべちゃんこと旦那さんも芥川賞作家の阿部和重氏。川上氏が愛称「オニ」の出産と子育てをアイフォンで綴ったという楽しいエッセイだが、出産後、修羅となった母はこう叫ぶ。

“自分の味わっている痛みやしんどさを、この世界の誰ひとり、おなじようにわかってくれる人などいないという、考えてみれば当然すぎる孤独だった。おなじ経験をしたことのある人でもわかりあえない。まして男で、妊娠と出産を経験しえない、何重にもかけ離れている男であるならさらにそうで、世界にたったひとりのオニを作った相手といえども―いまもそこで寝息をたてて眠っているあべちゃんにも、わかってもらえないのだ。わかってもらえるはずがないのだ。

 なぜなら、他人なのだから。

それはあべちゃんを責めてもしかたのないことだ。しかたないのだ。わたしだって、人にたいしてはそのように存在することしかできないのだから。”

つわり、出生前診断、無痛分娩、母乳神話、からだの変化、離乳食、初めての病気、夫の家事、「なあ、あべちゃんは、この子のために死ねる?」と問うた時の夫の一瞬のためらい。

きっと出産や育児について書かれたエッセイもブログも無数にあるのだろうが、川上氏の独特の感性は、胸の奥底に突き刺さってくる。

“出産を経験した夫婦とは、もともと他人であったふたりが、かけがえのない唯一の他者を迎え入れて、さらに完全な他人になっていく、その過程である”って、それを言っちゃあおしまいだろ、と思いつつ、でもそうだな、ともしみじみ思う。軽く読めるのだが、いろいろ考えてしまった一冊だった。


きみは赤ちゃん

きみは赤ちゃん
著者:川上未映子
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2014年7月16日 (水)

桂望美『嫌な女』(光文社文庫)

”詐欺師なんて、嫌われもんだと思うだろ。違うんだ、愛されるんだよ、詐欺師ってのは。人から愛される特技のあるもんじゃなきゃ、人なんて騙せない。” 
この生来の詐欺師、夏子を、遠い親戚だということで毎度弁護する女性弁護士、徹子。物語は二人が20代のころから始まり、年を経て還暦を過ぎるまで続く。天然の愛されキャラを存分に生かして、手を変え品を変え人を誑し込んでいく夏子の手管も見事だが、騙された人たちが幸せそうなのもまた憎らしい。

全編を通じ、夏子は弁護士徹子の目を通してのみ描かれる。徹子が夏子を取り巻く人たちに話を聞いて回ることで物語は展開するが、「本当に夏子は人を騙しているのか。」それぞれのケースがひとつのミステリーである。そして、「騙されても幸せなら良いのか。」その謎解きも十分ミステリーだ。ケースを経るほど、”冷めた目で依頼人を見ている”弁護士徹子が変わっていく、その成長譚としても楽しめる。

桂望美氏の秀作、久しぶりに堪能しました。


2014年7月 8日 (火)

西原理恵子『家族の悪知恵 (身もフタもないけど役に立つ49のヒント) 』(文春新書)

家族の問題は、単純でも答えがなく、悩みが深い。しかし一見深刻でも、実はそこに甘えや自分かわいさが潜んでいたりする。

サイバラ氏は、そこをばっさり切り落として、まさに「身もふたもない」結論を通告。きっと、端で聞いていたら、「ま、ま、それはその通りなんですがね…」とツッコミを入れてしまうであろう。私も自分に優しいからだ。

「あんたねえ、余計なこと考えてないで、問題と向き合いなさいよ」という叱責が聞こえてくるようだ。まるでアドラー心理学(笑)。


2014年7月 6日 (日)

大西康之『会社が消えた日 三洋電機10万人のそれから』(日経BP)

三洋電機消滅。ユニークで強みのある技術と商品をもった巨大企業は、金融3社(ゴールドマン、大和、住友)の手により、切り刻まれ売り払われる。著者は三洋を、マネジメントはダメだったが、技術と気概に溢れた会社と見ているのだろう。井植家の失敗とともに、“日本の電機産業の最強時代を課長、部長として支えた人たち”の売られた先での悲哀と執念を生き生きと描き出す。

日の出の勢いのハイアールに売却された白物家電。三洋マンたちは、ハイアールに高付加価値ブランド“AQUA”を立ち上げ、キョンキョンのCMで勝負する。中国人トップが彼らの熱意に負け、あり得ない広宣費にGOを出す。店頭で、ハイアール製品は「大丈夫、中身は三洋ですから」と説明されて売れていき、彼らは胸を熱くする。

三洋を完全子会社化したパナソニックはSANYOブランドを容赦なく一掃し、社歌・社訓を叩きこんだ。一方で、携帯電話事業を買った京セラは、工場の看板をそっと付け替え、「まずは京セラに慣れてください」という配慮を感じさせたという。しかし、指導員を送り込んで徹底的に京セラ流マネジメントを叩きこみ、三洋社員は「こうやって黒字にするのか」と驚く。

ベビー服チェーンの西松屋に移った技術者は、1,999円のPBベビーカーの開発を任される。独自機能を「付加」する電機型開発から、お客様に必要な機能だけに「削ぎ落とす」開発への思考転換。彼は語る。“西松屋では自分がつくった商品がすぐ店頭に並ぶ。だから失敗するとすぐわかる。なんぼ偉そう理屈をこねても、結果がすぐ出ますからね。とにかくお客と近いんですよ。”

開発者が顧客と遠くなり、企業として滅んでいく。日本企業が堕ちていく陥穽がここにある。電機メーカー技術者を積極採用するアイリスオーヤマ社長の“電機大手から来た人たちの話を聞くと、赤字を出しても、他社が同じ事業で赤字なら怒られないそうです。『市場環境が厳しかった』で済むから。ところがシェアを落とすと怒られる。『どうしてあそこに負けたんだ』と”という言葉には、ぞっとさせられる。

西松屋は、電機技術者は62人も採用しているが、平均年齢は57歳だそうだ。リストラされれば、常識では職がない人々。彼らが「もう一花」とヒット商品を生み出していく様には、胸が熱くなる。

日本の競争力強化のためには、今後も企業再編や事業売却が繰り返されていくのであろう。しかし、企業は人であり、M&Aの裏には無数の人生が張り付いている。西松屋の人事担当専務は言う。“社長、シャープはまだ早いです。数年前まで勝ち組だったシャープの社員はまだ茫然としているでしょう。新天地で『やってやろう』と思えるようになるには、もう少し時間がいります”
その光と影を、三洋の例を基に生々しく描いた本書は、間違いなく上半期必読の一冊だ。


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