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2013年10月28日 (月)

桐野夏生『だから荒野』(毎日新聞社)

46歳の主婦が、夫と息子たちに腹を立て、夫の車で出奔する。邪な理由で自分の車とゴルフバックばかり気に掛ける夫に改めて腹をたてながら、旧友やトラック運転手や謎の女や原爆を語る老人と出会いながら、自分の現在に少しずつ気づいていくのである。

主婦をずっと続けてきた女が、身一つで世間に放り出されても、直面するのは厳しい現実ばかりである。本当の私はこれだけではないのだ、何か価値のあるものが自分にはある、と探し続けるが、見つからない。一つひとつの出来事が起こるたび、玉ねぎの皮のように、剥いても剥いても価値は出てこないのだ。この描写は、あまりにも寂しい。

反面、その夫も最低なヤツである。どこまでも自己中で、「妻の手柄は俺のもの、俺の失敗は妻の責任」とでも言いそうだ。人妻とのゴルフの約束のために、妻より車とゴルフバックの心配ばかりしている。「そんなの社会じゃ通用しないぞ」と言い散らし、最後は息子に浅薄さを喝破されて唖然とする。

46歳。まさにバブル世代である。女性は初期の総合職世代で、現代社会に多くのサクセスストーリーとともに「勝ち組」がいる。しかし、多くはそうはなっておらず、少なからずここの夫や妻と同じ不満とともに生きているのだろう。読者は、この物語をどう受け止めるのか。滔々と語られる不満に「そうだ、その通り!」と快哉を叫ぶのか。それともそこに自分の姿を見て、嫌悪感を覚えるのか。この「愛されざる人物」の物語はきっと感じ方がさまざまだ。評価も分かれるのだろう。それはまさに、人が皆それぞれ違う人生を送っていることに他ならない。

この作品のよさは最後に急速に顕れる。夫も妻も、それぞれ何物でもないのに、一つが欠ければ剥きだしになる価値があった。家族に最後に優しく差し込むほのかな光に、我々は救われる。徹底して露悪的に描かれた登場人物一人ひとりを、作者が愛している。そして読む者も励ましてくれる。桐野作品は好きなものと嫌いなものが別れるが、本作は家族と自分をもう一度考えるきっかけに富む、秀作と思う。


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