« 2013年9月 | トップページ | 2013年11月 »

2013年10月

2013年10月28日 (月)

桐野夏生『だから荒野』(毎日新聞社)

46歳の主婦が、夫と息子たちに腹を立て、夫の車で出奔する。邪な理由で自分の車とゴルフバックばかり気に掛ける夫に改めて腹をたてながら、旧友やトラック運転手や謎の女や原爆を語る老人と出会いながら、自分の現在に少しずつ気づいていくのである。

主婦をずっと続けてきた女が、身一つで世間に放り出されても、直面するのは厳しい現実ばかりである。本当の私はこれだけではないのだ、何か価値のあるものが自分にはある、と探し続けるが、見つからない。一つひとつの出来事が起こるたび、玉ねぎの皮のように、剥いても剥いても価値は出てこないのだ。この描写は、あまりにも寂しい。

反面、その夫も最低なヤツである。どこまでも自己中で、「妻の手柄は俺のもの、俺の失敗は妻の責任」とでも言いそうだ。人妻とのゴルフの約束のために、妻より車とゴルフバックの心配ばかりしている。「そんなの社会じゃ通用しないぞ」と言い散らし、最後は息子に浅薄さを喝破されて唖然とする。

46歳。まさにバブル世代である。女性は初期の総合職世代で、現代社会に多くのサクセスストーリーとともに「勝ち組」がいる。しかし、多くはそうはなっておらず、少なからずここの夫や妻と同じ不満とともに生きているのだろう。読者は、この物語をどう受け止めるのか。滔々と語られる不満に「そうだ、その通り!」と快哉を叫ぶのか。それともそこに自分の姿を見て、嫌悪感を覚えるのか。この「愛されざる人物」の物語はきっと感じ方がさまざまだ。評価も分かれるのだろう。それはまさに、人が皆それぞれ違う人生を送っていることに他ならない。

この作品のよさは最後に急速に顕れる。夫も妻も、それぞれ何物でもないのに、一つが欠ければ剥きだしになる価値があった。家族に最後に優しく差し込むほのかな光に、我々は救われる。徹底して露悪的に描かれた登場人物一人ひとりを、作者が愛している。そして読む者も励ましてくれる。桐野作品は好きなものと嫌いなものが別れるが、本作は家族と自分をもう一度考えるきっかけに富む、秀作と思う。


2013年10月20日 (日)

松原耕二『ハードトーク』(新潮社)

松原耕二氏の『ハードトーク 』(新潮社)を読んだ。在京キー局で「インタビュアー」を業とする主人公岡村が、「インタビュー」という魔物にとり憑かれ、人生を喰いつぶされようとする物語。インタビューの緊張感の描写たるや、今までに描かれてこなかった領域であろう。

”インタビューはセックス、岡村さんはそう思いませんか?”と岡村は新人記者月子に問われる。”きのうまで赤の他人だった相手が、言葉を交わすうちにだんだんと心を開いて、最後は弱みも恥ずかしいところも、それこそ、すべてをさらけ出してしまう。そのプロセスがたまらなく刺激的”と恋愛とインタビューを重ねて語る月子。しかし、インタビューは公とされることを前提に行われるもの。主人公岡村は、インタビューで人の内側をさらけ出させるプロセスに恍惚としながら、その公になった後の結果の重さに苦しんでいくことになる。そして一つの命さえも、インタビューにより手にかけていってしまう。

作者松原氏はTBSの記者を経て、「NEWS23」のキャスターだった人。さすが報道の現場に長く身をおいた作者だけあって、じっとりと手に汗を握るような臨場感はその経験に裏打ちされたものであろう。しかし小説としての構成の巧みさ、会話の軽妙さは二作目と思わせない完成度でもあって、本当に今後が楽しみでもある。
作中で、総理大臣が現在の日本の報道のあり様を「子どものサッカー」と評するシーンは痛快。来たボールをやみくもに蹴る。蹴るだけでなく、全員がボールにわーっと集まる。その後のことなど何も考えない…。起こった事件を全員で叩き、大局観のない姿勢を皮肉ったシーンは、作者の自戒なのだろうか。

我々は、報道の結果はさまざま見聞きし、感じ取ることはできるが、その報道に至るプロセスに触れることはあまりない。最近はネットやSNSで大新聞、キー局報道以外の情報に触れることが多くなったとはいえ、だ。作者には、その意味でも報道の現場をバックボーンとした生々しい作品を今後も世に問うてほしい。米TVドラマ「ニュースルーム」のような上質な報道ドラマが日本でもぜひ見てみたいものだ。

2013年10月18日 (金)

島田雅彦『ニッチを探して』

島田雅彦『ニッチを探して』。「ニッチ」とは「隙間」ではなく、生物それぞれの生息に適した場所、環境のこと。義憤から銀行を辞めた主人公が、家族を捨て、自分のニッチを探して放浪の旅に出る。ホームレスになろうとしてなりきれず、ついには絶命の危機に。
スペクタクルな物語の主役の脱力っぷりが、よい。無個性で、淡々として、何物になろうともせず、ただ流れに身を任せて放浪する。それだけに、出会う人々の個性が際立って、楽しい。大食いプロホームレスやら、幽霊やら、痴呆の謎の熟女やら。赤羽とか、中野とか、吉祥寺とか、彷徨う街の描写もリアリティに溢れて、自分になじみのある街のこともあって、これまた楽しい。
しかし、「なんだかなー」な小説なのだ。読み始めて「なんだかなー」なのだが、その「なんだかなー」がだんだん心地よくなって、ページをめくる手が止まらない。きっと、キリキリに追い込まれて、自分が何者なのか自信がなくなったりして、でもどこにも行くところがなくて、「なんだかなー」とモヤモヤした時にモヤモヤっとしたまま読むと「なんだかなー」のまま適当なところに心が着地しそうな、そんな小説。「なんだかなー」。

2013年10月13日 (日)

日本再建イニシアティブ『民主党政権 失敗の検証 - 日本政治は何を活かすか 』

『カウントダウン・メルトダウン』の船橋洋一氏が中心にまとめた民主党政権の検証。期待通り。「民主党議員は歴代総理をはじめみんなバカで、コドモで、ワガママだった。失敗して当たり前だ。」と切って捨てる論が多い中で、マニフェスト、政治主導、経済と財政、外交・安保、子育て支援、政党、選挙の各分野にわたって、どこが失敗への転換点だったのか、丁寧に分析。『カウントダウン…』同様、論評には何か暖か味のようなものを感じる。失敗だったのだが、これを未来に何らかの形でつないでいってほしいというメッセージなのだろう。おススメ。

東野圭吾『祈りの幕が下りる時』

東野圭吾『祈りの幕が下りる時』。緻密に伏線は張り巡らされていて、登場人物の乗り越えてきた過去も重く心に響く。人物のつながりの謎が、そうだったのか、となってからの更にもう一展開が、この作家の真骨頂なのだろう。え、デザートもこんなに豪華なの、みたいな。
さらに本作は、東日本大震災と原発のエピソードまで盛り込む。その盛り込み方の嫌味のなさがまた絶妙なのである。きっと誰が読んでも、ああおいしかった、となるが、「私はここがよかった」というのが人それぞれ違う。きっと映像化もされるに違いない。これをやってのけるのだから、彼は天才というより時代に憑かれた狂人か。
東野作品はあえておススメしません、外れなんてないのだから。

« 2013年9月 | トップページ | 2013年11月 »